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メモれ!

ブログのネタにするため、よくメモをとる。

日常起こったこと、思ったこと、
読者の皆様に報告しなくてはというようなことをメモに記しておく。
そうしないと記憶力の乏しい私の脳みそでは、
横を振り向いただけでも忘れてしまい、
「…えーと、確か面白かったけどな」と感想だけが記憶され、
そのうちどうでもよくなり、
結局ネタはブログに反映されることなく記憶の淵に埋もれていく。

故にメモを取るのだが、そのまま放置され、改めて見なおすと
「何の意味だろう?」と訳が分からなくなる。
今回は、そんな埋もれたメモの中から
幾つかどうでもよいものをご紹介してみたいと思う。

『ガラスの部屋』
 何のことか分からずネットで調べてみたら、
ヒロシがネタの時に流すバックミュージックのタイトルだった。

『モー娘の紅白出場回数について』
 年末のTVガイドを見ていると、
モーニング娘の紅白出場が八回目とあった。
「中身がそっくり入れ替わってるのに、このカウント無効じゃないか?」
と釈然としないものを感じたときのメモ。

『将太の寿司と丸かぶり寿司』
 コンビニでレジをしていた時、先頭の兄ちゃんの買った商品が、
漫画『将太の寿司』と丸かぶり寿司だった。
「お前はグルメなのかそうじゃないのかどっちだ?」
とツッコミを入れた心情をメモ。

『美味しんぼとカップめん』
 コンビニでレジをしていた時、先頭の(以下同文)

『コーヒー缶に書かれている「微糖」が「微妙」だったら』
 買うな、と思ったメモ。

『腹話術をすると誰でも必ず「こんにちは」と言う』
 大発見だと思ったが冷静になって見るとどうでもよくなったメモ。

『壊れかけた夫婦の匂い』
 隣家の夫婦喧嘩の後の静けさを、
言葉で言い表せないものかと考えてみたメモ。

『隣の家のお父さんを油圧制御に改造してみる』
 当時の私は疲れていたらしい。

『Q.もし目の前で人が倒れていたらどうしますか?』
『A.添い寝する。』
 当時の私は相当疲れていたらしい。

『Q.お弁当は温めますか?』
『A.心も温めて下さい。』
 本当に疲れていたらしい。

以上だ。

ちなみに今回のネタは、
「メモを題材にしよう」というメモを元に綿密に書いた。
これは本当にあった秘密の話である。



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心理テスト



心理学は、統計学に近い。
ということは・・・

あなたは今、真っ暗な森の中を歩いています。
木の上ではフクロウが鳴き、
そばの草むらではガサガサ音がしています。
見えているのは目の前の道だけ。
しばらく歩くと池のほとりに出ました。

”どんな池でしたか?”

…とか聞くと思いました?

聞きません。

「あなたがそんな寂しい一人ボケツッコミをしていると、
ほとりの一軒家から誰か出てきました。

”どんな老人でしたか?”

誰が出てきたか言っちゃったよオイ」

…などという心理テストで断定された己の性格は「真実」ではない。
「そういう傾向だよ」「統計を取ったらそういう人が多かったよ」
ということだ。

「十人十色」という言葉があるように、人間にはそれぞれ個性があり、
考え方や性格は一つとして同じものはない。
ナンバーワンよりオンリーワンだ。
しかし「十把一絡」という言葉もあるように、
よく考えずにみんな型にはめてしまおうとする傾向も人にはある。
人間関係の摩擦はおおよそこれだ。

「俺のことをよくも知らずに言うな!
型にはめるな!俺はお前ら大衆とは違うんだ!」
と自己主張する輩は、周囲を「大衆」と十把一絡に決めつけている。
よくある微笑ましい光景だ。

「心理学は科学ではなく文学だ」という言い方もある。
近年ではエンタテイメントと化している所もある。
それでも内面を探るための一材料ととらえ、
自分の言動が対人関係にどう影響するのか、
社会の中での自分のあり方はどうなのかを、考えるきっかけにはなろう。

走行ライン



最近、バイトを同じくする走り屋くんから
「中低速コーナーの走行ラインを教えてください」
という質問が飛び出た(汗)
私の場合、人に教えられるほどのテクニシャンではない上、
走り方もいろんな人に教えてもらったが、自己流が主流だ(汗)
理論的なことを考えては実践する。
実践してダメだったら、自分と今の車の能力で出来る限界を見極め、
理想的な状態にもっていく。
余裕が出てきたら車の能力を上げる。
それの繰り返し・・・。

そんな中でいろいろ試行錯誤していくわけだが、
一重に【走行ライン】と言っても、コースやら車のセッティングで
舵角からブレーキングリリースのタイミングまでまるっきり違う。
そんなわけで私が彼にアドバイスしたのは、
「コーナーの進入速度や角度は、コーナーを速く抜けるためではなく
コーナーを抜けた後の立ち上がりを考えるべし!」である。

私の走行ラインの探し方は、
・少ない舵角で曲がれるラインを定める
・進入速度とブレーキングポイント・リリースポイントを定める
・アクセルを全開にできるポイントを定める
・どのラインが一番長くアクセルを踏めるか
・どのラインがタイヤの負担を最小限に抑えられるか

コーナーのライン取りと言えば、
【アウト・イン・アウト】が基本となる。
コーナーの進入手前のアウトラインから、
コーナーの頂点でインを突いて、弧を描くようにアウトへ抜ける。
これは走行の回転半径を大きくとり、無理なく横Gを逃がすためだ。
このコーナーラインの理論を応用すれば、
それぞれのコーナーに必要なラインが見えてくるはずである。

それは・・・、
「突っ込み重視のライン」と「立ち上がり重視のライン」だ。
コーナーの先がアクセル全開のストレートなら「立ち上がり重視」
コーナーの先がS字などの場合は「突っ込み重視」
という風に使い分ける。

「突っ込み重視のライン」は、
コーナーを抜けた後も全開走行ができないので、
ストップ・アンド・ゴーの低速でショートカットを切っていく。
「立ち上がり重視のライン」は、あえてコーナーの前半を犠牲にして、
コーナーリングを前半で済ませてしまう。
そしてクリッピングポイントを奥に取ることで、
その後の全開ストレートに対応すべく車体をまっすぐに立て直す。

ただし!

他の車と追いかけっこをする場合は、理想的なライン取りが難しい。
相手の動きを見ながら、相手のリズムを崩させる走り方をするからだ。
峠では追い抜きは中々できないから、
無理にインを引き締めたりすることはないが、
テール・トゥ・ノーズでプレッシャーを与えたり、与えられたりで
理想的なラインはつかめなくなる。

理想と現実の壁もかなり大きい・・・。
頭ではわかっていても、中々実践で出来ないことの方が多い(汗)
やはり、走り込んで体に覚えさせるのが王道か。。。

魚の雨と血の雨

rain_fish4.jpg

数年前に読んだ本に、『魚の雨が降る』
という面白い話があったのを思い出した。

ここ数年、イギリスで奇怪な現象が相次いで発生しているらしい。
それは「空から魚が雨のように降る」という
まるでおとぎ話のような現象である。

しかし事実、これらの現象はここ最近急増しており、
先週水曜にも、ポーイスのナイトンという村において
空から生きた魚が雨のように降るという事件が報告された。

このにわかには信じ難い出来事は、
あたかも聖書に記された伝説的逸話のようですらある。
しかし、現在この現象を研究する英気象庁の研究によれば、
魚やあるいは他の物体が空から雨のように降るという
この一連の現象は、決して奇跡と呼ぶべきほど珍しいものではなく、
これまでにも一定の頻度で報告されている一般的な現象であるという。


ではこうした現象は一体いかにして起こるのだろうか?
この現象のメカニズムは至極シンプルである。
まずある地域で例えば雷雨のような強い風が発生し、
小さな旋風や小さな竜巻が発生する。
そしてそれらの旋風が水上を移動した場合、
軌道上にある様々なもの - 例えば魚 - を上空に巻き上げ、
それらは風に乗って数マイルを移動するのである。

そして魚を巻き込んだ雲が雨となるとき、
それらの生物や物が一斉に地面に落ち、
結果、魚の雨が発生するという。

どれだけの時間、魚が空中浮遊していたのかはわからないが
『魚は雲の中でも生きられる』ということになるのだろうか。
また、降ってきた魚が生きているということは、
『雲の高さから落下しても魚は生きていられる』のだろうか。


しかし、私が知る限りでは『魚の雨』のように
説明がつかないものもある。
それが『血の雨』である。

- 1968年
ブラジルはカカパヴァとサンホゼカンポスにまたがる
1kmのエリアにて凡そ5分間に渡って、
空から血と生肉が降り注いだ。

- 1890年
イタリアはカラブリアにて真っ赤な血の雨が降った。
血はおそらく烈風によって体を引き裂かれた
鳥のものであると推測されたが、
事件当時、そうした風は発生していなかった。
また血以外に鳥の遺骸や体のパーツなどが降る事もなかった。

- 1869年
米カリフォルニア州のロス・ニエトス郡区の農場にて
三分間に渡って猛烈な血と肉、髪の毛の雨が降った。
それらは数エーカーに渡って土地を覆い尽くしたが、
髪の毛の一部は6cmの長さであったという。
またその日は晴天で雲はなかった。

- 1841年
米テネシー州レバノンのタバコ農園にて
血、そして筋肉と脂肪が空から降った。
雨の直撃を受けた農園労働者の話では、
最初、突然大きな音が聞こえたかと思うと、
突然血の固まりが空から落下するのを目撃、
「それは上空にあった赤い雲から落ちてきたようだった」
と語っている。


これらはどうやって説明することができようか。
ホラー小説のような話であるが、
実際に過去の新聞記事に載っているものである。

私の好きなドラマに、米国ドラマ『X-File』がある。
最初のうちは怪奇事件などを扱っていたが、
宇宙人だのUFOだのと言い出してからあまり見なくなった。
私もX-Fileの捜査ができたら『血の雨』を調べてみたかった(笑)

今日はマニアックな話で申し訳ない( ̄▽ ̄;)

ジンクス On The 大脳!



今日はジンクスについて話してみようと思う。

最近、趣味で読み始めた大脳生理学の本に、
目から鱗が落ちるようなことが書かれてあった。

「脳は元々、思い込みが強い」

というものだ。

「アイツ、思い込みが激しいよな!」
と陰口を叩くことは多々あるが(あるのか?)
大脳生理学で言うと”当たり前のことを言うな!”
…ということになる。

程度の問題なだけで、
あなたも私も生まれながらに思い込みが激しい動物なのだ。
少し気が楽になる科学的根拠だ。

胃の仕事が「食べ物を消化すること」であるように、
脳の仕事は「思い込みが強いこと」なのだ。
そうしないと気が狂うからだそうである。

騙し絵なるものがあるが、
どうやっても絵に騙される”目の錯覚”は、
脳が強い思い込みで、我々の意識をダマそうとしているのだという。

そういう意味では思い込みが激しくて、
固定観念が強くて、差別的で、頑固な人というのは、
健全な脳の持ち主と言えるのかも知れない。
もちろん、そういう人は社会的には不健全なのだが。

占いにしても宗教にしても血液型性格判断にしても、
そういった脳の「思い込み」を助けるためにある…とも言える。
宗教や占いが必要なのは人間だけだ。

初詣なんかでおみくじを引いて”大凶”が出た日には、
なんだか嫌~な気になるのが人間だ。
「たかがおみくじだ!こんなん気にせん!」と強がってみても、
その後何か悪いことが起きたら「やっぱり大凶引いたから…」
と思い込んだりする。
良いことがあったら大凶のことは、頭の隅に追いやられる。

そういう意味では、世に溢れているジンクスも、
同じように”脳の思い込みの産物”と言える。

「これをすればリラックスできる」という作用が脳にあるのなら、
ジンクスを「非科学的だ」とバカにする人の方が非科学的
ということになる(ややこしい話だ)。

かたくなにジンクスに頼る人は、
脳の思い込みが強くてプレッシャーに弱い人なのかもしれない。
しかし、それがその人の生き抜く知恵なのだ。
他人がとやかく言うべきではない。
どんどんジンクスに頼れば良い。

私なんか、毎日が思い込みの生活だが・・・
それがなにか?(笑)

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