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「仲直りの方法」

このブログの『トラックバックテーマ』(お題みたいなもの)に
「仲直りの方法」というのがあった。
以前、後輩に付き合っていた彼女と喧嘩別れをしたと聞いた。
その時にも、「仲直りの方法」について質問されたことがあった。
その仲直りの方法というより、自分の状況みたいなものを書いてみた。

一重に『喧嘩』と言っても、その内容にもよると思うのね。
1.自分が原因で相手がキレた
2.相手が原因で自分がキレた
3.原因の対象があやふやでムシャクシャしてキレた
喧嘩の理由って主に上の1か2だと思う。

まず自分が原因で、過失を認めるなら素直に「ごめん」と言えばいいのが定説。
それでも喧嘩になるのは、自分の過失をどうしても認めたくない。
自分が悪いのはわかってるけど自分の過失に対して
相手が異常に責め立てて来ることに逆に腹が立って謝る気になれなくなった。
謝ろうにも相手が聞く耳を持たない。謝っても許してもらえない等の理由がある。

相手が原因だった場合、相手の過失を許容するか妥協すればいい。
ここでの問題は、相手の過失が絶対に許せないことだったり
相手が過失を認めずに謝ってこなかったり、相手が謝って来たけど、
こちらがつい熱くなりすぎて言い過ぎてしまい後に引けず険悪になるなど。

---hikaruの場合---
まだ10代だった頃の自分は、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起して、
何に腹を立ててるのかわからなくなるくらいにキレてた。
相手がはっきりしてる時は、暴力はあまり好まなかったけどやられたら倍返しで殴ったり
言い過ぎだろうってわかってて罵声に近いこと言ったり。
前の彼女と遠距離恋愛してた時は、顔が見えないから余計に歯止めがきかなくて
電話で酷いことも散々言ってた。
自分が悪くても人のせいにしてたし、相手が謝っても許さなかったしいつまでもなじってた。
当時を思い返すと、本当に申し訳ない気持ちにもなる。

そんな自分にも人生の転機があった。
20歳の時にバイクで大事故を起して死に掛けたことがあって。
自分が生きてたことへの安堵感と、自分を支えてくれた人達に物凄い感謝を感じた。
アゴが砕けて食事が出来ずに、治療中は鼻から胃に栄養剤を流し込んでたんだけど、
事故後に初めて白い米を食べた時に、涙を流したことがあった。
その時はただひたすら泣きながら食べたけど、
食べられる喜びとか、家族や友人への感謝でいっぱいだったんだと後になって思う。

それからというもの、感情のネジが吹っ飛んだかのように怒らなくなった。
怒らなくなったというより、怒りを感じなくなったという方が正解かな。
多少のことがあってもちっぽけなことに思えたり、小さな事に何も感じなくなった。
「ごめん」って言われても、何に対して謝られてるのかわからないくらい気にしなくなった。
「それで死ぬわけじゃないんだし」「怒るほど大袈裟なことじゃないし」
って感じで、相手に対して怒らなくなったから喧嘩に至ることがほとんどない。
それにも増して、喧嘩で悩んだり体力を消耗することが面倒臭くて嫌になった。

でも実の所、みんなが言う「優しい」とか「心が広い」とは違う気がする。
相手に過失があっても喧嘩に至らないのはメリットかもしれないけど、
デメリットもけっこうあったんだ。
友人が彼女と喧嘩した時や、先輩が上司にキレた時に
相談されたり同意を求められたりするんだけど、
「なんでそんなことで怒るんだろう」「そんなに怒ることじゃないのに」
って感じで、その人のことが理解(共感や受容)ができないことがある。
そんな時、思ったことを口にすると「お前はどっちの見方だ」って言われるし(汗)
周りからは「ちょっとおかしいんじゃない?」って言われるくらいに
『怒りの感情』がなくなってることに気づいた。

彼女にも「わがままばっかり言ってるのにいつもありがとう。ごめんね。」
って言われた時も、実は困った(汗)
わがままを言われたとか迷惑だとか感じたことがないし
まぁ、極端なわがままを言わない人でもあるんだけど。
謝られても感謝されても、「許してあげてる」とか「何かしてあげてる」とか
思ってないから、なんて答えていいかわからない。
「優しいね」って言われるけど、寛容・寛大とは違う気がするんだ。
だからもし相手が許容できないことをした時は、
喧嘩にはならず怒りを覚える前に呆れてしまうんだろうと思う。
これって人としてすごく危険なんじゃないかと思うんだ。

『喧嘩』は必要な時もある。
言葉は悪くなるかもしれないけど、自分の考えを相手にぶつけることが出来て
相手の考えも自分にぶつけてもらうことが出来る切欠だと思うから。
それが面倒臭いから嫌だと逃げてしまったら、
有耶無耶になってしまうか、そこで人間関係が壊れたままになってしまうから。
喧嘩別れしてしまった後輩の話をよくよく聴くと、
人間関係が壊れたまま修復できなかったのが原因なんだと思う。

だから『仲直りの方法』としての回答は、『喧嘩に決着をつけること』だと思う。
自分の考えを相手にぶつけ、相手の考えを自分にぶつけてもらう。
そこでお互いの納得のいく妥協点を設けること。
その結果が最良のものであれば、その喧嘩がお互いの成長に繋がると思う。

『喧嘩をしないこと』が良い事ではなく『喧嘩をしたら答えを出すこと』が良い事なのだ。
一番良いのは、喧嘩に発展する前に冷静にお互いの意見交換が出来れば良い。
でも、感情のある人間だから価値観のぶつかり合いがあるのは仕方のない事で。
それでも一歩づつ前進できればそれでいいと思う。

長くなってしまったけど、
久々の更新なので許してほしい(*´ー`) フッ
 
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